物事をちゃんと伝えるというのは能力だと思う。

今日、話していてわかったんだけど、聞く能力ってのはもとより、自分の考えをちゃんと伝えるというのは非常にむず開始ことなんだなと感じました。

話していて、ただ単純に
「出来ない」
という人もいれば、
「ここまでやったけど出来ない」
という人もいる。

その辺の違いってのはかなり大きいと思う。ちなmに今日、「出来ない」だけを言ってきた人には「何をやったのか?」という質問をしたら、「試したけど出来ない」と的がずれている答えが。「何をやったのか?」を聞いたわけなのに、「試した」という回答が返ってくる。

最近読んだNLPでのコミュニケーションを実施してみたんだけどなかなかうまく行かないな〜。こういう場合は、5w1hを聞くってのが定石だから聞いてみたんだけどね。

結果的に「何を試したのか?」「どうやって試したのか?」などなど聞いてみたらちゃんと状況が把握できた。このへんもあまりしつこく聞くと「とにかく出来なかったんだよ」みたいな感じで話が打ち切られちゃうから、そこら辺もNLPじゃないけどラポール(信頼関係)が必要。

そこがどうにかなっていたのが大きいかな。

しかし、なぜ無料で検証してもらえると思っているかな。なぜ無料でバージョンアップしてもらえると思うのかな。人を動かしている以上、コストが発生するという発想はないんだろうか。

責任持って遂行するのが当然だろ?みたいなことを言われるけど、その責任部分に対する対価を払った上で言って貰いたい。

でも、検証しなきゃわからないっていうのも技術不足なのかな〜とも感じる。技術を売りにしている会社が技術のことを聞かれてやってみなくちゃわからないとかいって、そんなところには誰も頼まないよね。出来るところに対して対価を払うんだから。

そこは自分の問題だと思う。

どっちもどっちだな。やんわりつないであげないと。

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